2013年12月30日月曜日

2013年もありがとうございました。

夏が終わるとあっという間に年末ですね。
皆様にとって、2013年はどんな1年でしたか?

私にとっては、「巣立ち」と「別れ」の年でした。

初春〜初夏にかけて、子供たちが独立して家を出て、
秋〜冬には、兄妹ともに、相次いで婚約。
もともと仲の良い、兄妹でしたが、巣立ちもほぼ一緒と言う
絵に描いたような「巣立ち」の1年でした。

子供たちがいない生活なんて27年ぶりですから
「空の巣症候群」で寂しくなるのかな〜?と想像していたのですが....。

なんてことはない(笑)
すこぶる快適で、ビックリしましたw

デザイナーに転身した時は、すでに子供ありきの仕事環境だったので、家事と子育てをしながら、自分で時間を作って仕事をするのが当たり前だったので(=おのずと夜型に)
子供のいない仕事環境と言うのが、なんだか新鮮で...
思う存分仕事も堪能し、満足、満足(笑)

しかし、「巣立ち」の弊害もありました(笑)
子供がいなくなってからと言うもの...いただいたお菓子やお肉などがなかなか減らない。
毎日少しづつ食べて、ちっとも体重が減りません(←あかんやん)

あと、
子供たちがいないとリビングでお留守番になっちゃう犬たちのそばにいたいがため(?)
メインマシンが持ち運び出来るのを良いことに、じわじわと2Fの仕事部屋から仕事道具を持って降り、外付けHDD、外付けDVDRW、墨、紙、絵具、プリンター、スキャナ、サンプル容器、挙げ句の果てには、小さな本棚まで並べて、リビングがすっかりアトリエ化してしまい...
おかげで「来客をことごとく断りたい衝動」に駆られ、
めっきり人を招かない家と化していまいました(苦笑)

来年は娘の結婚式と披露宴、再来年は息子の結婚式と披露宴、
2〜3年後には、初孫も産まれちゃったりするんでしょうかね〜。


2013年、新しい門出もあれば、永遠の別れもありました。

私に企画の醍醐味を教えてくれた方が、事故で命を落とされました。
大きくニュースで報じられていたのですが、それが知人だと気がつくまでに2日もかかりました。告別式のご案内をいただいてもまだ信じられず、新聞で何度も確認しました。

常に新しいことを考え、豊かな発想で未来を模索している方でした。
教えて頂いたことのなんと大きかったことでしょう。
いきなりフリーランスになった私にとって、世界トップクラスと言われる業界のスタイルシートを間近で見る機会を持てたことは、何にも代え難い学びでした。
当時制作した企画書たちは、今も私の宝物で、大切に持っています。
この数年、時代がいよいよ追いついて来たんだと感じることがままあります。
時代を読むのが早過ぎたために、ご苦労も多かったと察しますが、最後まで、夢を追い、駆け抜けた人生だったのではないかと思います。
もうお仕事をご一緒にすることは叶いませんが、ご一緒させて頂いた日々に感謝し、これからもどん欲に学び、挑戦し、いずれは後輩たちの役に立てるよう頑張ります。

10月は悲しい月で、
衝撃の事故から数日後、同級生の訃報も受けました。

高校時代よく遊んだ同級生で、互いの甘酸っぱい思い出を握りあう友人でした。
大人になってからはなかなか会えませんでしたが、2月の同窓会で再会し、昔話に花を咲かせた。これからは奥さん交えて昔話が出来たらいいな〜と思っていた矢先のことで、大きなショックでした。
お葬式に行きたかったけど、奥さんも同級生なので(私は逆に奥さんの知らない時代の故人しか知らないので)もしかしたら歓迎されないかもと妙な気を使ってしまい、葬儀には顔を出さず、お悔やみの言葉とお線香だけ送り、心で手を合わせました。
葬儀に行かなかったこと、後になって少し後悔している。
もしあの世で再会したら、あまりにも早い訃報にクレームを付けたいと思います。


一生は、短く、儚い。
こんど、いつか、そのうちに、と言っている間に、時は無情に過ぎて行くのです。

慌ただしく流れる時の流れにただ流されるのではなく、
自ら流れの中に飛び込んで、大切にしたいものを見失わずに生きて行きたい。
そう強く思った1年でした。

ラオウのように
「我が生涯に、一片の悔いなし」と言える人生なんてないのかもしれないけれど
いつか来る最後の日には「我が生涯に、あんまり悔いなし」くらいは言いたいな...。

出会い、別れ、そして若者たちの新しい門出
人生いろいろと言うことですね。

年年歳歳花相似たり歳歳年年人同じからず


最後になりましたが、
お世話になったみなさま、本当にありがとうございました。

お健やかに新年を迎えられ、
益々ご活躍されますことを、心よりお祈り申し上げますとともに、
来年も引き続き、どうぞよろしくお願い致します。


2013年12月7日土曜日

久米信行さんの新著【ピンで生きなさい】



久米さんが新著を送ってくださいました。
ありがとうございます!


久米さんの新著は欠かさず拝読している私ですが、今回のタイトルは、一段と魅力的です!

「すぐやる技術」 「やり抜く技術」 でも背中を押して頂きましたが、今回の「ピンで生きなさい」は、まだまだピンの道半ばの私に沢山のヒントや投げかけがありました。

まだ読まれていない方も多いと思いますので、ネタバレしない程度にしますが、ピンで生きて行くために心がけておきたいことが 31の教えとしてまとめられています。

そうだ、そうだと読み進めるうちに、はたと気づかされる事柄があります。


たとえば、
「自分の色が邪魔をすることも多いと知ろう」

謙虚に学び、挑戦し、身につけたつもりの技術や社会性も、知らぬ間に自分色に染まっていることがある。怖いのは、自分の事と言うのは当たり前すぎてなかなか気づくことが出来ないということ。

2011年に、漫画家のちばてつや先生にラジオの取材をさせていただく機会があったのですが、そのときも、今日と同じ事に気づかされたのです。

ちば先生のお人柄に惹かれてしまって予定をオーバーして長時間の収録になったのですが、有名な先生なのに、少しも偉ぶらず、疑問に思った事はその場ですぐ質問されますし、興味を持った事柄にはどんどん質問が来るのです。

それはまるでスポンジが水を吸込むように、自然に、ものすごい早さで。
そう、生まれたての子供のように

忙しい日常にかまけて「心のスポンジ」が、絵具でギトギトに固まってしまわないよう、「生まれたての子供のようにまっさらな気持ち」で世界と向き合いたいと、心から思ったのでした。


学生時代、当時まだ女性の社会進出に免疫のなかった両親から、
やりたい事、目指したい夢、思いつく事のほぼすべてに反対されましたが(笑)
高校卒業後は親の希望する美容師の道に進んで10年たった頃から
「女だから」と言う理由で、チャレンジを許されず蓋をしてしまったモノたちへの情熱、
溢れるエネルギーを抑えきれず、「見る前に飛べ!」とばかりに、
ツテなし、コネなし、経験なしで歩み始めたピンの道。

30歳を過ぎて夢が少しづつ叶い始めた頃、ようやく「困難な環境」こそ、自分の根っこを育ててくれた「愛すべき環境」だったのだと言う事に気がついた私です。

逆風だったからこそ、やってみせるぞと頑張れたし、簡単に折れないしなやかさ、強さ、諦めない心や、知恵を育む事が出来たのだと思います。
あのとき、何でも挑戦させてくれて、何でも応援してもらっていたら、
現状に満足し、お腹いっぱいで、今とは違う人生を歩んでいたかもしれません。

ピンの道、まだまだ道半ばな私ですが
尊敬する師匠、先輩、仲間、家族に感謝しながら
辛くなったときはこの「ピンで生きなさい」をめくりながら
まだ見ぬ景色を目指して、歩き続けたいと思います!